Making of We Love Leslie Forever

401イベント開催までにはたくさんのストーリーがありました。

最初にこのお話があったのはRED Mission活動で親しくしていた香港のファンからでした。CyberworldのWebmasterからメールが来るけれど、彼女のために協力してくれない。それもRED Missionだからと言われました。そのメールが4月1日のレスリーのメモリアルイベント開催と記念の新聞冊子を発行するという話でした。

わたしは(そのときはまだ交渉していないので、新聞の名前は発表しないでくださいといわれましたが)明報(を予定していました)に、1日の新聞にレスリーの特集号が組まれていたら、たくさんの人が彼を想うことができると思って、素晴らしい!!と思いました。でも、わたしはサイトを開いて1年も経っていませんし、できるのかなぁと不安でした。でも、for Leslie LoversのXinagさんにも聞いてほしいといわれて、Xiangさんのお手伝いだったらできるなと心強く思い、メールを送りました。

その頃、Xiangさんは大阪のイベントのことで忙しくしていて、メールは来ていたけれど、忙しくてまだちゃんと読んでいないと言っていました。でも、サイトで募集をかけて、参加費を集めて、それを香港に送ればいいのね。新聞は寄付を集めて送るのね。わかった。やりましょう!という力強いお返事でしたので、わたしもじゃぁ、OKという返事を出しましょう。ということになりました。それは多分11月中にはお返事したのだと思います。12月に入って、MSNメッセンジャーを使える?と聞かれて、YahooメッセンジャーとICQならあります。とお返事をしているメールを見つけました。その後、Xiangさんに教えていただいて、MSN メッセンジャーデビューをしました。これが、このイベントのすべてのキーになりました。

この仕事を引き受ける前に、Xiangさんとわたしはたくさんの質問とリクエストを出しました。
新聞冊子については素晴らしい企画だと思っていましたので、特に異議は唱えなかったのですが、イベントについてはなぜ、会場がマンダリンオリエンタルホテルなのか?そこではあまりに辛すぎます。とか、その日は静かにレスリーを想ってお祈りしたいのに、その会場でビデオを見るというのはどうなんでしょうか?昨年あったようなキャンドルライトセレモニーのようなお祈りの場がほしいです。などなど。。。

また、Xiangさんが昨年の9月のイベントの経験から、開催まで、たくさんの変更、変更があると日本のファンは混乱するので、そのようなことがないようにしてほしい。と強く、強くリクエストしていました。わたしは9月のイベントを知らなかったので、そんなに大変だったの?と聞いてしまったくらいでした。(^^;スタッフはそのようなことがないようにすると言いました。。。。(言ってましたけれど、結局、変更、変更はたくさんあったような気がします。(^^;

それから何をしたのか、記憶が定かではありませんが(^^;、まず最初に役割分担をしたと思います。
Xiangさんから、Frannyさんは誰かお手伝いしてくれるスタッフはいますか?と聞かれました。わたしは1人です。。。とお返事しました。(^^; わかりました。LLからスタッフを頼みます。と力強いお言葉。そして、LLからローブーさん、FINさん、LINさんの3人がスタッフとして加わりました。計5人でスタートしました。
打ち合わせはMSNメッセンジャーとメーリングリストでした。メールを出すと全員に届くシステムのものです。
Xiangさんはコンピューターが得意なので、受付フォームやアナウンスなどのページを作ってくれました。わたしは香港スタッフとの連絡係になりました。

1月1日に一斉に各国のサイトでアナウンスをして、このRED Missionをお知らせすることになりました。でも、わたしは12月の終わりからお正月まで出かけましたし、Xiangさんも3日までは実家に帰ると言うので、発表は4日からにしてもらいました。

わたしは受付や入金はノータッチでしたが、発表してから1週間でたくさんのお申し込みがあったと聞きました。
寄付のほうもたくさんあって、日本からの寄付だけでも4ページくらいいきそう。。。という勢いでした。高額の寄付をしてくださった方もいらして、思わず香港に報告してしまったほどでした。そうしたら、香港からもHK$12956(日本円で約18万円くらい)寄付してきた人がいるといわれて驚きました。わたしは日本円に換算して驚いたのに、日本スタッフが「レスリーの誕生日だ!」と言って感心していました。本当だ。。。(^^;

新聞冊子のことでは、いくつか問題がありました。最初に謳っていた「レスリーの亡くなった原因がうつ病であったことへの言及」に対しては賛否両論がありました。
この時期、香港ではレスリーがとった行動を批判する記事や言動がラジオや新聞、雑誌などにもたびたび出ていました。それは、1つには影響力のあるスターだった彼の行動を、教育的な配慮から肯定することはできないという事情もあったのかもしれないと解釈することもできます。でも、そのような報道はファンを深く傷つけました。レスリーは自ら亡くなったのではなく、病気が彼をそうさせてしまったのだと。それを4月1日の新聞で強く印象づけたいという気持ちが皆の心のどこかにありました。でも、これは難しい問題で、掲示板にも書きましたが、ファンの立場からそのようなことを書いてしまっていいのかなという気持ちもありました。心配するファンの方からもメールで問い合わせをいただきました。そこで香港に問い合わせをしました。精神科医のコメントを引用しながら、客観的にうつ病患者の症状などを説明し、それによりレスリーの病気を理解してもらおうというものでした。

ところが、この冊子のことがレスリーの前マネージャーのフローレンスさんの耳に入り、香港スタッフに電話がかかってきました。香港スタッフはこのイベントと新聞冊子のことをフローレンスさんに説明しに行きました。そして、皆さんにもお知らせしたように、フローレンスさんと話し合って「レスリーの亡くなった原因についての言及」については触れないことになりました。それはレスリーがそれを望んでいないということ、理解してくれる人だけがわかってくれればいいこと。また、そこで言及することにより、マスコミに(その原因の追究も含めて)そのことばかりが取り上げられてしまうことを危惧したからでした。それは、わたしにもよく理解できました。
この件では日本のファンの間でも賛否両論がありました。結果的に冊子がレスリーを称えるもので占められたことはよかったと思いました。

もうひとつの問題は寄付してくださった方々の名前やメッセージを確認してもらうために、該当者の方にすべてのリストを見せてしまったことでした。香港からリストを出してほしいと急に言われて、一人一人に確認するには時間が足りませんでした。500人を超えていたからです。ハンドルネームや本名などはプライベートなので、公表したことで、何人かのファンの方からきつくお叱りを受けました。(^^; わたし達は動揺してしまい、急いでハンドルネームを伏せて、リストもすぐにリンクからはずしました。これは、わたし達にとっては初めての失敗でした。(^^;
新聞は印刷されるもので、一生残るものだから、慎重に誤字脱字の内容に気をつけようと原稿には5人全員が目を通しました。(それでも、誤字脱字が出るのは香港のほうの責任?)そのために、皆さんに自分の分だけ確認していただこうと思ったのですが、ちょっと考え方が甘かったです。反省しています。もし次回があったら、これは気をつけようねとスタッフで話しました。

日本のファンからのメッセージも載せることになって、原稿をLINさんに書いてもらいました。それを全員で読み、文章を校正したり、さらに加えたりしました。最初に書かれていたLINさんの原稿は詩的でした。でも、これが訳されたらこの雰囲気が伝わるのかなぁと思いました。でも、日本語でも載るのだから大丈夫かなとも思いました。でも、日本ならではのコメントを入れたいと提案しました。韓国や台湾のメッセージを読ませてもらったときに、それぞれの国でのレスリーの様子が書かれていたからです。他の国のファンたちがいつも羨ましがっていたレスリーの写真集のことをメッセージに入れようということになりました。そして、この言葉が好き!とXiangさんもわたしも同時に(メッセンジャーで)言ったのが、「慶」から引用された言葉でした。これは皆が好きな言葉でした。ローブーさんが出版社に電話をしてくださって、掲載の許可を取ってくれました。
香港スタッフがすでに写真掲載の許可を取っていたこともそこで知りました。

この原稿は、何回も(すみません、わたしが)LINさんに細かく表現にこだわりを言ったので、LINさんが何回も書き直してくれました。8回目で(わぁー、本当にごめんなさい、LINさん)皆さんに見ていただいたのですが、それまでに何度もLINさんとやり取りをしました。それなのに、当日の新聞には広東語訳しか載っていないことを前日(3/31)に知って、わぁー、どうしよう。LINさんがショックを受けると思いました。(^^; 後で、香港スタッフにそのことを話しましたら「、わぁー、ごめんなさい。LINに謝っておいて。新聞社からどっちかしか載せられないといわれたので、哥哥が読めるほうにしちゃったの。」と。。。
「言わないで勝手に決めちゃってごめんなさい。日本のファンには別にプリントを作って配ったらどうかしら。」...ということで、プリント作りました。Xiangさんが作ってくれました。(^-^)

もう1つショックだったのはトリビュートの記事です。大変な作業で別のLLのスタッフの方が作ってくださいました。
それなのに、載ったのは少しだけでした。これもがっかりしました。他国とのバランスから、縮小されてしまったのでした。

各国からのファンの寄付がたくさん集まり、当初予定していた4ページを充分まかなえる金額が集まりました。
今度はそれで、ページを増やすか、東方日報にも記事を載せたらどうだろうかという話が出ました。これは中国サイトから提案されました。わたし達は(まだ発表していませんでしたが)明報だけがいいと言っていました。レスリーに理解があり、彼もそれを言っていたし、明報だけにプライオリティーを与えたいと言いました。香港スタッフは明報がステイタスのある人に好んで読まれる新聞だとしたら、東方日報は大衆紙だからたくさんの人の目に触れると言いました。たくさんの人にレスリーを見てもらえると言いました。わたしは個人的には「明報だけ」が特別というのがいいなと思いましたが、中国サイトの強い思いもあり、お任せにしました。でも、結果的に各国の意見を全員に示して、多数決をとったら、皆が日本のスタッフの意見を支持してくれました。そこで、明報だけになり、ページを2ページ増やすことになりました。

この新聞の内容については、訳を依頼していましたので、後ほど多分(^^; ご紹介できると思います。


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